1. 概要
これからの農業に求められるのは、高い生産技術と経営センス、そして強いモチベーションを持つ人材です。では、そのような条件を満たせない私たちが、それでも農家としてしぶとく生き抜いていくためにはどうすればよいのでしょうか。
近年の農業経営の難しさを端的にまとめると以下のようになります。
- 想定される所得に対して初期投資額が大きすぎるか、労働時間が長すぎる。
- 生産技術の高度化が、農作物の品質向上とともに、コストの増加と利益率の低下を招く。
- 制度的に優遇された補助金や融資が、不確実性に対する柔軟性を失わせ、経営判断を難しくする。
これらの課題に正面から向き合い解決するのではなく、また現代農業の姿として受け入れるのでもなく、いかに距離を置くかが本生存戦略の趣旨となります。
本生存戦略モデルは、小規模でありながら安定した収入を得ることを目的とします。具体的には、以下のような経営形態をとります。
- 労働力: 家族1〜3人で運営
- 年間売上: 500万〜1000万円
- 利益率: 50%
- 年間農業所得: 250万〜500万円
- 法人化: しない
少人数で無理なく運営し、かつ安定した収入を確保する低位安定型の農業経営です。経営的発展は目指しません。また、土台として生活基盤の整備と経営の最適化を図ることで、生活と事業のバランスをとりながら、持続可能性を高めます。
2. 生活基盤の整備
全ての土台となるのが生活基盤です。生活を安定させ、年々、生きることが楽になるように環境を整えていきます。事業開始前からの準備がより効果的です。
2.1 ライフプランの設計
- 周囲に流されることなく、自身や家族の価値観に照らし合わせて、無理や無駄、見栄のないライフプランを設計します。
2.2 生活コストの把握
- 必要最小限の生活コストを把握しておくことはいざという時の備えとなり、大きな安心感につながります。
- 不利な状況を招かないために、税制、社会保険関連制度の把握も必須です。
2.3 節約と貯蓄
- 定期的な家計の見直しを通じて節約と貯蓄に励み、余剰資金を生み出します。
- 有利な決済方法の選択、通信費の削減、サブスクや光熱費、保険の見直しなどは、不便を感じることなく節約が可能です。
2.4 資産運用
- 余剰資金は適切に資産運用に割り振ります。
- NISA、iDeCo等の有利な制度を活用します。
- 自営業者の資産運用のひとまずの着地点としては、コーストFIREがわかりやすいです。コーストFIREでは、一定の資産額に到達した後は追加の貯蓄をせず、その資産が時間の経過とともに成長して十分な資金となることを目指します。
- 農業に特有のリスクから切り離した財源を確保することで、生活と事業の持続可能性を高めます。(→ 農家の資産運用のすすめ)
2.5 健康管理
- 腹八分目の食事、十分な睡眠、適度な運動を心がけます。お酒とたばこは控えます。
- 定期的な休息と良い人間関係、ゆとりある資金繰りが精神的な安定の土台となります。
- 少なくとも30代以降は、年1回の健康診断または人間ドックに行きます。
3. 事業の構築
目標とする売上と利益を達成するために最適な規模を見極め、事業を構築します。柔軟性を保ち、予期せぬ事態への備えは万全を期します。
3.1 最適規模の見極め
- 品目や地域の特性を考慮し、目標となる売上と利益に対して適切な規模を設定します。
- 規模を基点として、農業経営指標を参考にしながら、より保守的な計画を立案します。
- 小規模であること、つまり販売量を追求する必要がないという利点を最大限に活かします。
3.2 労働力
- 1人より2人は倍以上、2人より3人も倍以上の効率になります。
- 主な労働力を家族でまかなうことで労働分配率が抑制され、有利に利益を生み出すことができます。特に、スケールメリットのない品目では大きな強みになります。
- 本モデルにおいては、基本的に労働力がボトルネックになります。このことを念頭に、やること、やらないことの判断をします。
- 家族であることに油断せずに、対話を通して各々の利害を一致させておくことが重要です。
3.3 借入金と補助金
- 借入金や補助金ありきの事業構築は避けます。
- 借入金や補助金を避けることで、予期せぬ事態に対する柔軟性を保ちつつ、限られた労働力の中で、余計な外出、書類準備などの手間を省きます。
3.4 6次化と多角化
- 収量と価格がともに不確定であることが農業の不安定さの大きな要因です。
- 栽培を基点とした6次化や多角化に取り組むことで、利益率向上をはじめとしたプラスの効果を生み出し、経営の安定化に貢献します。
3.5 主体的な撤退
- 予期せぬ事態や緩慢な衰退によって選択肢を失うことのないよう、あらかじめ撤退基準を設定します。
- 事前のシミュレーションや保険などを活用し、撤退時に次の事業へのマイナスの影響を最小限に抑えます。
4. 経営の最適化
経営においてリソースを割く必要のある要素を減らし、簡素化することで、経営そのものの難易度をできる限り低くします。そのため、法人化もしません。他方、効果的な再投資により、経営改善のサイクルを回します。
4.1 バックオフィス業務の効率化
- 同じ1時間の短縮をするのであれば農作業よりも事務作業の方が圧倒的に簡単です。
- 日々のスキマ時間を活用して、溜め込まずに処理できるようになると負担感がぐっと小さくなります。
4.2 労働負荷と時間
- 労働負荷の軽減と時間の短縮を通して、身体的、精神的余裕を生み出します。
- 定期的な休日は確実に確保します。
4.3 効果的な再投資
- 生まれた資金、労働力などの余裕を効果的に再投資していきます。
- 売上の拡大ではなく、さらなる余裕の創出、経営の安定化を重視します。
4.4 兼業化の可能性
- 再投資の方向性として、兼業化の可能性も排除しません。
- 必要となるリソースの分散や、農業に特有のリスクから切り離すことを意識します。
4.5 学習機会の確保
- 変化の激しい環境に適応できるように、常に学習機会を確保します。
5. まとめ
誰もが、周囲から一目置かれるような農業経営者になれるわけではありません。しかし、やるべきことを一つひとつ積み重ね、やってはいけないことを徹底的に避けることで、必ず状況は良くなっていきます。
大きな不安を抱えることなく、多少のゆとりをもって、日々の生活と農業を楽しむことができたなら素晴らしいことです。