1. はじめに
経営の一般論として、適切に借入れを行い、手元の現預金(キャッシュ)を厚くしておくことは、経営安定化のセオリーと言えます。
特に農業は、天候不順や病害虫、災害、さらには市場価格の乱高下といった不可抗力のリスクに常にさらされています。そのため、他業種以上に借入れによって現金のバッファ(余裕資金)を確保しておくことが推奨されます。
しかしながら、農業特有の事業構造や、経営者自身のライフステージによっては、あえて外部からの資金調達を行わず、自己資本のみで運営する「無借金経営」こそが最適解となる局面も確かに存在します。
今回は、あえて借金をしない経営が戦略的に有効となる3つのシチュエーションについて考えてみます。
2. 無借金経営が正当化される3つのシチュエーション
借入れをしないことが正当化されるのは、主に以下の3つのケースです。
一つ目のケースは、規模の拡大(面積の拡張)を追わず、単位面積あたりの収益性を極限まで高めている経営体です。
例えば、高級贈答用の果樹や、ブランド化した野菜等を全量直販しているケースなどがこれに当たるかと思います。
こうした経営体では、一般的な市場出荷型の農業とは異なり、価格決定権を自らが持っています。その結果、極めて高い営業利益率(30〜50%など)を実現し、毎年の利益剰余金だけで翌年の運転資金や小規模な設備更新を十分に賄うことが可能になります。
この場合、無理に借入れを行って農地を拡大しようとすると、品質管理の低下や、熟練労働力の不足といった「規模の不経済」を招くリスクがあります。
「目の届く範囲で最高品質を作る」ことを戦略とするならば、豊富な自己資金の範囲内で経営を行い、金融コストを支払わない無借金経営は極めて経済合理的です。
二つ目のケースは、経営者の高齢化に伴い、積極的な投資を控えて事業の出口(廃業または現状維持での承継)を探っている段階です。日本の農業従事者の平均年齢が高齢化している現状において、最も現実的なシナリオと言えるでしょう。
農業融資、特に近代化資金やスーパーL資金などの制度資金は、償還期間が長期(10年〜20年)に及ぶことが一般的です。もし後継者が不在、あるいは後継者が「農地は引き継ぐが、借金までは背負いたくない」と考えている場合、新たな大型機械や施設を借金で購入することは、相続時の大きな障壁となりかねません。
このフェーズにおいては、「既存の設備をだましだまし使い続ける」「作業の一部を外部委託することで固定費を変動費化する」「借入金を完済してきれいな状態で引退・承継を迎える」といった動きが最優先事項となります。
ここでは、成長よりも「資産と負債の整理」が目的となるため、借入抑制(無借金経営)が正当化されます。
三つ目のケースは、経済合理性よりも特定の栽培理論やライフスタイルを最優先する場合です。
金融機関からの融資を受ける場合、当然ながら「返済能力」や「事業計画の蓋然性」が問われます。銀行はどうしても、確実な収穫量が見込める方法や、一般的な栽培方法によるリスク低減を求める傾向にあります。
しかし、実験的な農業に取り組む経営者にとって、こうした金融機関の意向(収益性・効率性の追求)は、自らの目指す農業のあり方と相反することがあります。返済プレッシャーや銀行からの経営指導がノイズになってしまうでしょう。
誰にも干渉されず、自らの哲学に基づいた農業を貫くためには、自己資金の範囲内ですべてのリスクを許容する無借金経営が、精神的自由を確保する強力な手段となります。
3. まとめ
農業における無借金経営は、単に「借金が嫌いだから/怖いから」という感情的な理由だけで選ぶべきではありません。
「不可抗力のリスクに耐えうるだけの現預金が既に蓄積されていること」
「明確な戦略的理由(高収益・適正規模の維持、円滑な承継、経営の自由度確保)があること」
上記の条件が揃っている場合にのみ、無借金経営は強力な戦略となり得ます。自身の経営ステージや目指す形と照らし合わせ、資金調達のスタンスを改めて考えてみる必要があります。
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