このスタイルがある程度の再現性を持って成立するのであれば、いわゆる中山間地域のような辺縁の地域での農業を受け持つことが可能となります。
結果、人と自然との境界を形成する一助となり、多面的機能の発揮により、より条件の良い中心部で行われる高効率な農業との共存関係にもなる……というのが十数年前の就農時に思い描いていた目論見でした。
しかし、社会全体の体力、というか余裕が待った無しでなくなりつつある今、どうも思い描いていた通りにはならなそうな気がしています。
農業生産のためのインフラの維持が難しくなっていく中で、どこかで撤退を選択する必要が生じます。その場合、やはり条件の悪い辺縁部からというのは当然の取捨選択となります。
以前は、撤退をして中心に近くなったとしてもどこかのラインは辺縁部として残るわけなので価値としては変わらないと思っていたのですが、どうもその程度の撤退では済まないのではないか。つまり、中心部と同質のものしか残らない(残せない)のではないかと考えるようになりました。
それでも尚、個人的には辺縁部の農業には価値があると思っていますが、それは当初の目論見の社会的な価値ではなく、贅沢や自由に分類される価値かもしれません。
答え合わせはいつになるでしょうか。10年、もしかしたら5年くらいで早くも今とは全く景色が変わっているかもしれませんね。
好むと好まざるとにかかわらず社会は変化していきますが、すべては積み重ねです。自分にできることを見つけて、一つずつやっていけたらと思います。
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